ウェブライダー松尾茂起のはてなブログ

ぶぶ漬け、いかがどすか?

「誰かにとっての自分の価値」を算定することのススメ

 

最近、誰でもコンテンツを販売できるサービスが増えてきた。

 

値段設定が自由で、100円で販売する人もいたり、1,000円で販売する人もいる。

そのあたりの値付けは人それぞれだと思う。

 

ただ、なんとなくだけど、世の中には「高い値段を付けると叩かれる」という風潮がある気がする。

 

で、たいてい、その商品に興味のない人が叩いてたり。

それってナンセンスだな、と思う。

 

勿論、「周りの人がこれくらいの値段を付けてるから、自分もこれくらいにしよう」、そう考えるのは市場原理的に当たり前かもしれない。

でも、必ずしも、他の会社さんや他の人と価格を合わせる必要なんてない。

自分の商品・サービスに独自性があればなおさら 。

 その価格で買って満足してくれるお客さんがいれば、それが一つの正義だと思うから。

 

 

そんなことを考えながら、ふと思いついた。

例えば、あえて「10,000円」からしかコンテンツを販売できないサービスとかもあったら面白いと思う。

 

なぜなら、10,000円から始まれば、周りの人も値上げしやすいし、コンテンツを買う人も慎重になるので、本当のファンしか買わない。

 

 

人は「自分が欲しいモノ」であれば、多少高くても買う。

 

 

例えば、僕は昔、ある人に「10分間」会うだけのために、20万くらい払って旅行したことがある。

なけなしの貯金をはたいて、諸々の経費を払った。

 実際は旅費というより、その他の経費だったんだけど、例えば「服飾代」。

 その人に会う時に失礼がないように、スーツや靴を新調し、これまで買ったことのないような高いバッグも買った。

 

人からすると「勿体ない」と言われるかもしれないけど、僕にとって、その10分間は20万を投資する価値のある10分間だった。

 

 

そんな体験をしてから、僕は「誰かにとっての自分の価値」というのを常に考えるようにしてる。

 

 

世の中には、自分の話を1,000円もらっても聞きたくないという人もいれば、10,000円払ってでも聞きたいと言ってくださる人たちがいる。

 

でも、その人たちの存在に気付くためには、一度、自分の価値算定を外部に委ねてみる必要がある。

あえて高い値段を付けてみたりするのは、そのための行為のひとつ。

 

もちろん、その値段には責任が伴うわけで、ただ高いだけで中身がスッカラカンだったり、お客さんが満足しなければ、単なる自己満足な価格設定になる。

そこは注意すべき。

 

 

すなわち、

その価格には責任が伴う

 ということ。

 

ただ、自由な価格設定にチャレンジする場合には、他者の空気に縛られない場所でおこなった方が良いかも。

他店舗の相場を気にしなければならないショッピングモールなどを使うより、自分のサイトで独自の決済システムを持つ方が良いんだろうな、と思った。

 

 

誰かにとっての自分の価値。

その価値は「世の中の相場」で決まるのかもしれないけど、あえて世の中の相場」を越えた部分で闘ってみるのも良いかもしれない。

で、そういったことを考え、チャレンジし続けることが、一つの人生なのかもしれない、と思った今日この頃。

 

 

PS:ちなみに勿論、価格が安いからといって、その商品やサービスの価値が低くなるわけではありません。

たくさんの人に価値を届けたいケースもあるだろうし、世の中の値付けには様々な理由が絡んでいることは分かっています。

あえて安く提供しているケースもいっぱいあるでしょう。

(個人的には、すき家の牛丼とか、あの美味さであの価格というのは安すぎると思いますが・・・)

 

あくまでもこういう考えもあるということで。 

 

 

マンドリル